■パレスチナの「Walled Off Hotel」に、2017年3月のオープン以来展示されているバンクシーの三連作「地中海の風景 2017」が競売にかけられます。
■はたして、コロナの影響で閉鎖されたバンクシーのホテル「Walled Off Hotel」は再びオープンすることができるのでしょうか。それとも「地中海の風景 2017」の売却が「パレスチナを象徴するホテル」の終わりの始まりを示しているのでしょうか。
■作品はパレスチナの慈善団体「ABCDベツレヘム」(ABCD Bethlehem)に寄付されており、収益は病棟の新設や医療機器の購入に充てられる予定。
本記事では、バンクシー「地中海の風景 2017」の作品解説と社会的背景について深掘りします。
» バンクシー監督ドキュメンタリー”イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ(日本語字幕版)”はこちらです。
Contents
【バンクシーのThe Walled Off Hotel】「地中海の風景 2017」をSotheby’s で売却

バンクシー「地中海の風景 2017」公開オークション
イギリスの「サザビーズ・ロンドン」では7月28日まで、「レンブラントからリヒターまで」と題された公開展示が行われており、展示作品は7月29日のイブニングセールでオークションにかけられます。
サザビーズによると、バンクシーの「地中海の風景 2017」の所有者は、バンクシーから寄付として作品を受け取ったパレスチナの慈善団体「ABCDベツレヘム」(ABCD Bethlehem)。
ロットには次のように書かれています。
「すべての収益はベツレヘムのBASR病院の急性脳卒中病棟の新設と、子供用リハビリテーション機器の購入に充てられます。」
今のところ、パレスチナの「Walled Off Hotel」が閉鎖されるという情報は入ってきていません。
【レンブラントからバンクシーまで】芸術の500年
サザビーズの推定価格は80万~120万ポンド(約1億~1億6000万円超)ですが、近年、バンクシーのスタジオ作品の需要が高まっていることを考えると、3億~6億円まで跳ね上がる可能性があると見られています。
今回、競売にかけられるのはオールドマスターから印象派、近代美術、近代・戦後のイギリス美術、現代美術に至るまでの最高傑作の数々。
https://www.sothebys.com/en/buy/auction/2020/evening-sale-london
バンクシーの他に、レンブラント「自画像」(1632年)、マルク・シャガール「夢」(1928年) 、パブロ・ピカソ「眠る女」(1931年)、ジョアンヌ・ミロ「画(赤い帽子の女)」(1927年)、フランシス・ベーコン「ジョン・エドワーズの肖像習作」(1986年)などが出品されており、ストリートをメインに作品を発表してきたバンクシーが世紀の巨匠の仲間入りを果たしたと言えます。
では早速、今回売却される「地中海の風景 2017」作品詳細について見ていきたいと思います。
» バンクシー本人による作品集”Wall and Piece”【日本語版】 はこちらです。
バンクシー|メディテラニアンシービュー2017【基本情報】地中海の風景 2017



作者:バンクシー (1975年生まれ)
タイトル:「メディテラニアンシービュー2017」(地中海の風景 2017)
推定額:800,000~1,200,000ポンド
落札額:2,235,000ポンド(約3億440万円)
バンクシーが手を加えた古い油彩画を3枚に分けて額装。
3枚目のキャンバスにサイン。
I: 83 x 68 cm
II:115 x 84.5 cm、裏面にサイン入り
III : 69.8 x 59.5 cm、サイン入り
2017年に制作された一点もの。
Pest Control の真贋証明書付き。
コンディションと来歴:
ウォールド・オフ・ホテルのロビーを飾るために描かれました。
2020年バンクシーから「ABCDベツレヘム」へ寄付。
収益金はすべてベツレヘムにあるBASR病院での急性脳梗塞(脳卒中)病棟の新設と子供用リハビリテーション機器の購入に充てられます。
バンクシーの作品所在地「WALLED OFF HOTEL」

バンクシーが「世界一眺めが悪い」と評したこのホテルは、イスラエルとパレスチナ自治区を隔て、ベツレヘムを二重壁でコの字型に刻んで物議を醸すイスラエル領ヨルダン川西岸地区の壁を見下ろしています。
ホテルのエントランスからわずか5メートルの高さにそびえ立つ分離壁には、2000年代半ばから頻繁に訪れているバンクシーの作品が数多くスプレーされています。
2017年にバンクシーがオープンしたこのホテルには、実用的な2段ベッドのドミトリーからプレジデンシャルスイートルームまでさまざまな部屋が用意されており、あらゆる空間や隙間にバンクシーの皮肉な言葉がちりばめられ、ダークユーモアあふれるバンクシーのビジュアルで埋め尽くされています。

「MEDITERRANEAN SEA VIEW 2017」LIFE JACKETS TRIPTYCH(ライフジャケットの三連作) 出典:Sotheby’s
今回のバンクシーの作品「地中海の風景 2017」は、コロニアル様式のホテルロビーにある、瓦礫がつめられた暖炉の上に展示するために制作されました。
ボタンで飾られた肘掛け椅子、ベルベットのカーテン、ダークウッドパネルに囲まれた壁を飾るこの作品は、19世紀のブルジョワ様式のインテリアにぴったりの装飾品です。
しかし、ホテルそのもののように、すべての作品はよくよく見ると、政治的に辛辣で不穏なトーンを帯びています。
バンクシー「地中海の風景 2017」作品解説

3枚の「古い油絵」で構成された本作にはそれぞれ伝統的な額装が施れており、
「ロマン派時代の絵画」や「現代の模造品」を彷彿とさせる波乱に満ちた海辺の風景が描かれています。
バンクシーは、誰かが描いた油絵にライフジャケットやブイを手描きで多数つけくわえることで「海での大量溺死」を連想させるビジュアル補正を加え、オリジナルの構図をリメイクしました。
バンクシー により再構築された「メディテラニアンシービュー2017(地中海の風景2017)」は、2010年代欧州の「難民危機」の時に海で失われた命を暗示しています。
武力紛争や社会不安で荒廃した国々から国際的な保護を求めて、イタリアやギリシャに到着した難民の多くは、船で地中海を渡りました。
途中何万人もの死者を出したリスキーで危険な航海です。
「難民危機」は2019年3月に公式に終わったと宣言されました。
しかし、高い死者数と恐怖を煽る「難民と難破した渡航船」のメディアによる報道は、私たちの集団意識に深く刻まれて消えることはありません。
おそらく中でも最も印象的だったのは、ギリシャやイタリアの海岸に積み上げられた何百もの放置されたライフジャケットの悲痛な映像でしょう。
「自然の崇高さ」を主題にした18~19世紀の絵画を装ってはいますが、本作は「現代社会の難題」を突きつけて、見る者の期待を裏切ります。
バンクシーは2015年12月フランスのCALAIS(カレー)にある難民キャンプで、APPLEの故創業者兼CEOのSTEVE JOBSをステンシルで描きました。
2000年代初頭にストリート・アーティストとして脚光を浴びて以来、バンクシーは一貫してシステムに中指を立て、現代社会の大いなる政治的過ちに問題を提起し、注意を喚起しています。
長年に渡り、スプレーでステンシルされた作品に見られるように、彼の皮肉な反骨精神は、益々辛辣で政治的なトーンを帯びてきました。
ヨルダン川西岸の分離壁に掲げられた数々の壁画に代表されるように、バンクシーの作品は世界中の最も論争の多い空間に頻繁に登場し、戦争で疲弊した国の犠牲者や、紛争や政府の策略の影響を受けた社会の片隅にいる人々の代弁者となっています。
今回の作品でもそうであるように、バンクシーは特に、世界的な難民危機について率直に発言しています。
2019年には、ギリシャの難民収容所で暮らすシリア難民女性たちとのコラボレーションでオレンジ色のライフジャケットから作られた「Welcome mat」を商品化し、難民支援を行いました。
バンクシーが描いた「欧州の難民危機」作品背景

2015年、英Weston-Super-Mareに「混乱のテーマパーク」としてオープンしたバンクシーの期間限定「ディスマランド」では、アトラクションのひとつとして、来場者がリモコンの沿岸警備艇を操縦し、過密状態の難民船に突っ込んでいくというものがありました。
これは、「増大する移民への圧力」に対するEUの悲惨な反応を暗にパロディ化したものです。

同年、バンクシーはカレーの「ジャングル」(2015年1月から2016年10月まで存在していたカレー郊外の古いごみ捨て場に建てられた難民や移民の野営地)の周辺に多くの壁画を描きました。
ここで彼はスプレーで故スティーブ・ジョブズの肖像画を描いています。
バンクシーがステンシルしたジョブズは、片手に初代アップルコンピュータを持ち、もう片方の手には黒い袋を肩ごしに持っています。
移民は国の資源を枯渇させると思われがちですが、
バンクシー
スティーブ・ジョブズはシリアからの移民の息子でした。
アップルは世界で最も収益性の高い企業であり、
年間70億ドル以上の税金を払っています。
そして、アップルが存在するのはひとえに、
シリアの都市ホムス出身の若者を受け入れたからです。

出典:Sotheby’s
さらに、2019年にヴェネツィアの運河の水際のすぐ上に、ライフジャケットを着てピンクの発煙筒を掲げる孤独な難民の子供の壁画が現れたときも、難民問題がクローズアップされました。
最後に

▲右) バンクシー、 VOTE TO LOVE、2018。2020年2月サザビーズロンドンで1,155,000ポンドで落札
バンクシーは、間違いなく現代社会のコメンテーターの第一人者であると言えるでしょう。
ジャック・ルイ・ダヴィッドのような野心を持った議会の「Devolved Parliament」や、最近のBrexiteの旗が抗議のプラカードになった「Vote to Love」が示すように、大胆な風刺はバンクシーの得意とするところ。
しかし、彼の作品は同時に、変化と積極的な行動を呼びかけています。
NHSに寄贈された「スーパーヒーローの看護師人形をもつ子供」を描いた最近のロックダウンのスケッチ画や、カレーの「ジャングル」に緊急シェルターを建設するために、解体された「ディスマランド」の資材を寄付したり、ベツレヘムの子供のリハビリ用医療機器の購入や脳卒中治療病棟の新設資金を援助するために今回の作品を売却したりと、バンクシーの印象的な立ち回りは人道主義に駆り立てられているかのようです。
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